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鈴熊SSについての覚書

 1月15日に西日本総合展示場で開催された西海ノ暁16(大九州合同祭9)に参加しました。今回はそこで出した本に載せた小説ついての個人的まとめというか覚書というか(なので前回とは違ってまじめじゃない感じなうえに走り書きの一発書きになります支離滅裂かも)。タイトルは「白い花の咲く頃」という鈴谷を主人公とした艦これSSです。

(一応サンプルはこちら

【艦これ】「【西海ノ暁16】白い花の咲く頃」イラスト/小物貴 [pixiv]

それからわりと関連する話としてこちら

「金魚の憧憬」/「小物貴」の小説 [pixiv]

 

 さて,2013年7月に艦これを始めて以来,艦これのSSを書きたいという気持ちをずっと持っていました。ことあるごとにTwitterでそういうことを言っておりましたが,なかなか書くことはできず,気づけばもう提督業を始めてから3年が経過していました。そんなときに今回の話を持ち掛けられ,なにはともあれ一応は書くことができたことには感謝と喜びがあります。話の主軸を鈴熊にもできたし。

 

 タイトルの「白い花の咲く頃」は村下孝蔵の「白い花の咲く頃」から。岡本敦郎による同名の楽曲もありますが,そちらはそんなに聴いてません。村下孝蔵の楽曲は以前から聴いていたものの,艦これSSを書くにあたってかなり艦これと親和性高いのでは? と思った次第です。ぼくはとくに「踊り子」とか好きです。(あと基本的にこういうブログの記事は作品タイトルにするんですけども,今回そうしなかったのは上記の理由からになります)

 

 本作の話の主軸は鈴熊,主人公は一応鈴谷という体ですが,本来主人公は熊野で書くつもりでした。というのも,ぼくが艦これを続けるきっかけにもなった艦であり,初めてキャラクタ自体が好きになった艦でもあるからです。

 

 2013年夏イベント。初めて参加するイベントで,当時は可能だった潜水艦単艦によるボスゲージ削りをやっているとき(内容が内容だし時間もかかっていたので身体的にも精神的にもかなり疲弊してたとき)にドロップした艦です。それまでわりと一歩引いてプレイしていた艦これで,ヴィジュアルはもちろん,口調や戦闘時のボイスがどはまりしてイベントそっちのけでレベルを上げていた記憶があります。

 

 ただ,艦娘は「実際に存在した艦艇をモチーフ/モデルにしている」という前提があるため,あるキャラクタに興味がわき,その原型を知ろうと思うとほぼ必然的に艦歴にあたります。おそらくぼくはそこで初めて,過去に何があったかを知ろうとした。だからきっと,ぼくはそこで初めて艦これというゲームに触れたのだと感じました。

 

 おもうに明確に何かをモデルとした創作物には二種類あると思っていて,ひとつは知らなければ理解できないもの,もうひとつは知っていることでなお理解が進むもの。艦これは後者にあたると思いますが(まあそういった創作物は基本的に後者であるとは思いますが),元ネタありきの創作物に触れたときに感じさせられるもどかしさにも似た感覚を初めて味わわせられたのが熊野という“キャラクタ”です。

 

 はたしてぼくは熊野に対する知識が増え,「ああこの台詞はあの件のことなんだなあ」とか「あんなことがあったんだし作中では絡みがないけどこの艦との話とか面白そうだなあ」とか,考えられるようになりました。

 

 同時に考えるようになったのは,じゃあ艦娘という“キャラクタ”である熊野から語られない“重巡洋艦熊野”はいったいどこにいくのかということです。確かに語られなかったことも熊野のなかに息づいていると想像する余地はある。けれども必ず “重巡洋艦熊野”と熊野はイコールではないわけです。とくに熊野を艦隊に編成し出撃を指示する提督の立場であるぼくの視点からは,いっそいまの熊野との歩みばかりが印象に残ります。そうなってしまえば結局のところ熊野は熊野という名前だけを引き継いだキャラクタだけで構成されてしまう。きっとそれが正しいのだと思うし,過去のことは過去のことと考えるのがもっともだとは考えました。

 

 じゃあ,熊野という記号が与えられた彼女自身はどうなのか。

 

 そういうあたりを書きたいなあという気持ちが今回の作品に着手する時点でありました。なので初めは熊野を主人公にと考えていたのですが,諸般の事情で主人公は鈴谷となりました。きっと風浦可符香を描写するため,みたいな理由からです。というか書きながら以前の絶望先生のSSを思い出すことが多かったです。あっちとは完全に別のものを書こうとしたんですが,書き方は違っても結局同じことを言おうとしてない? っていう。

 

あと今回やりたかったことリスト

・三人称視点でやる

・なんであれ戦闘シーンっぽいものはいれる

 

・三人称視点でやる

 単純にこれは普段一人称ばかりで書いてるんだしという理由が大半。あとは鈴谷を主人公にした場合,一人称をどうすればいいかっていう。あとこれtwitterでも書いた気がしますけど,鈴谷のボイスを改めて聞いたら一度だけ「私」って言ってるんですよねあの娘。しかも「これから趣味の時間」とも。わりとそのへんのこじつけによって今回の話になった感もあります(そのために失った原稿もある)。

 

・なんであれ戦闘シーンっぽいものはいれる

 これも単純に書きたいなあと思ったからみたいなもので,実際やってみるとやはり難しく。すらすら書く人はすごいなあと思いました(こなみ)。

 

 あと文体とか気にしようとしていたんですけど今回はあまりうまくいきませんでしたかも。それからいつもは一人称でやることが多いこともあって,地の文でなんなのか良くわからない話を延々何度も繰り返しやっちゃうことが多いので,なるべくキャラクタを動かそう,会話っぽいことさせようとはしました。最近書いたもののなかでは比較的登場人物がしゃべっていると思いたいです。

 

 そうなると結構自分の文章について気づくこともあって,段落頭の文章ひとつふたつを体言止めでやりたがる(やってる)こと。こんな感じ。

 自分の文章。段落の始め。印象的に書こうとすると,自分の意図にかかわらずこのように成形される。リズムのよい文章をという心がけも,同じやり方を繰り返すとうっとうしいのかもしれない。

 っていうこんな感じの文章。たぶん誰かの文章を真似たんだろうけど,よくみかける気もする。今後はやりすぎないように注意したい。

 

 ひとまずはこんなところで。

 

 イベント中のことはよく覚えていませんが,結構な時間あちこちをふらふらしていた記憶があります。サークル参加は初めてで,以前参加したことのあるイベントも一度きり(とても小さいイベントのしかもなぜかスタッフ)だったので,「ひといっぱいおるこわい」とものめずらしさばかりでした。最上の本とか,青葉の本(すけべ本はなくなってた……)が買えたのでたいへん充実しました。いつになるかはわかりませんが,次の機会があればぜひなんかしら参加してみたいとは思います。ふらふらしてるだけでとっても疲れましたけども。

 

 艦これSS自体も,結局書くこと自体はとても楽しいので,続けたいなあと思っています。次はいつ誰で書くのかみたいなことは考えていませんが,まあなんかしらかけるといいなあと思っています。

 

 それでは,また。

「何んでもない、夜を歩く」

 先日,漫画「さよなら絶望先生」の二次創作小説をPixivで公開した。以下がそのリンクとなっている。

 

「何んでも無い、夜を歩く」/「こもの」の小説 [pixiv]

 

これはTwitterでもう一年近くごにょごにょ言い続けていた作品のことで,一年ほどかけてようやく完成したわけだ。もともとこれまでの人生に深く関わっている作品だっただけに,これがなかなか思い入れのある感じに仕上がった。そのせいかあとがき的言い訳を書きたくなり,どうせ書くのだからと重い腰を上げブログを開設するに至る。そして,どうせだからいかんせん恥ずかしい話もしてもよいかという気持ちが,いくぶんか,ある。

 

  

 そもそも,ぼくが「さよなら絶望先生」という作品を知ったのは,確かあれは中学生の頃で,スカパーを契約してからしばらくした頃のことだった。番組表を流し見ているときにその文字列を発見して,なにかただならぬ気配を感じたのだ。「さよなら絶望先生」。CMもあらすじも見たことがないのに,そこには既視感にも似た感覚があって,ジャケ買いだとかそんな感覚とはまったく別のものに促されて視聴予約をした。結局初めて観た回はあびるの初登場回からで,おそらく第4話くらいだったかと思う。

 

 

  そこから一気にはまってしまい,当時所持していた記録媒体はビデオテープのみだったから,録画しては延々と再生する日々を送った。漫画も途中までは一気買いして,ちょうど買った巻が一見様・百見様の回が収録された巻で,十見様がまさしく自分でげらげら笑ってしまった記憶がある。そこからはもう漫画を読みアニメを観,なんだかよく覚えていなくて,そんな風にアニメ・原作ともに楽しんでいた。ただ,二期の6,7話あたりを視聴した後ですこし面倒なことになった。

 

  

 当時の感覚を言語化することは難しいけれど,とにかく言えることは,もう言葉にできないくらい悲しくなってしまったのだ。次回放映を待たねばならない,そんな理由ではなく,とにかく,悲しい,やるせない。「絶望先生」的に言うなら,「絶望した!」というところだろうか。だが,そんな声も出ない。死んだらどうする,死ぬことは恐ろしい,死にたくない,いやでも,耐えられない,と。

 

  

 まあ思春期の思春期的な出来事で,それがちょうど「絶望先生」によってもたらされたわけだ。だからこそ,ぼくのなかで「さよなら絶望先生」のイメージは,いまでも「死」に直結している。そして,その感覚をもたらした,作品中に満ちているもの悲しさも。

 

  

 その後しばらく「絶望先生」からは距離を置き,単行本もすべて売却するなど,むやみに近づかないようにしていた。ただ,なにかのきっかけで「さよなら絶望放送」というラジオ番組に触れてしまい,もう件の問題についてのスルースキルは結構高くなっていたので,再熱した。ラジオを聴き,漫画をそろえ,アニメを観る。結局は元通りに,ぼくは「さよなら絶望先生」という作品を愛していた。

 

  

 そして,「さよなら絶望先生」は完結に至る。悲しみはなく,ただただ感謝していた。風浦可符香は救われた,とにかくそれが,嬉しかった。

 

  

 さて,今回の二次小説,「何んでも無い、夜を歩く」。ぼくの当初の目的は,「とにかく風浦可符香を救わなければならない」ということで,そのきっかけとなった回は,「最後の、そして始まりのエノデン」。ずっと背景にあった件のイメージがこの回に重なってしまい,そのイメージから,彼女を解き放ちたいと考えるようになったのだ。

 

  

 結局のところ,この作品で目的を果たせたかどうかはわからない。まずこの目的をもったのは原作が完結する一年ほど前のことで,原作最終話近辺でその目的はもう果たされたと思ったのだから。そのため,救いの対象は彼女ただひとりから,自然と彼女を構成する部分に広がり,最終的にああいったかたちになったのだと思う。「一つの可能性としての第30X話」の存在も,非常に大きかった。あれこそまさに,ぼくがずっと見ていた「絶望先生」だったのだ。

 

  

 作品の公開後,自分にとっての幸いとは何かを考える機会があり,ちょうど書き終えて時間もなかったので,この作品を書きながら,考えていたことを思い出した。

 

  

 ぼくは,少女達にとっての風浦可符香になりたかった。

 

  

 彼女たちはきっと,風浦可符香のことを忘れてしまうだろう。それでも,記憶になくとも,彼女は少女達のなかで生きている。確かに呼吸をし,思考をし,風浦可符香は,いまも彼女たちとともにある。少女達を育む土壌として。

 

  

 ぼくも存在になれたなら,たとえ死のうとも幸せだ。死んだらそんなことは思えないけれど,そう思いながら死ねたなら,別段思い残すことはないだろう。まあそれでもやっぱり死にたくはない。怖いし。どうなるかわかんないし。そんな結論を出してみたところで,案外死の直前って,事象の境界面みたいな,ザエルアポロみたいな,そんなんになるんじゃねとどうでもいいことを考えてしまったり,それ結局なんの解決にもなってねえじゃんとまたぐるぐるしたりで,要するにまだ最終決定ではない。

  

 

 ただ,そんな幸せのことを考えていると,やはりなにかを書き続けざるをえないと思ってしまった。頑張ればことばはいつまでも遺こるかもしれないのだから。でも,もしかしたらこれは不純な動機かもしれないとも思った。書くために考えるな,考えたものを書けという偉い人のことばを知っていた。普段のぼくはこのきらいが強く,まあ自分でもそう思っていたので,ここしばらくはそんな考えを基に,なるべく書くことを念頭に置いて思考することはなかった。

 

  

 でもやっぱりそんなことは言ってらんないなと,思ったのはやはりこの作品を書いているときだ。なにかを書いているときは楽しい。読み返すとつらいけど,なにかを書いているときは,如何とも言い難い喜びがある。自分が書いてるのか,文章自身が書いているのかわからなくなっていくあの感覚が,どうしようもなく好きなのだ。

 

  

 結局なにも進歩してないけれど,ひとまずこれでいいやと結論を先送りすることにした。まあとにかく楽しければいいのだ。楽しければ。楽しもうと思って楽しめないことなんてあんまりないし,そう考えればたいていのものは楽しめる。結論を先送りにするという,奇しくも「最後の、そして始まりのエノデン」と似た結果になったことはちょっと笑ってしまった。

  

 

 ところで,タイトルは書きあげるまでまったく考えておらず,公開する段になってふと思いついたものだ。ちなみに「何んでもない、夜を歩く」の「何んでもない」は夢野久作の『少女地獄』の「何んでもない」から,「夜を歩く」は横溝正史の『夜歩く』から引っ張ってきた。本家「絶望先生」を倣おうとしたのだが,盛大に失敗したような気がする。なお念のためだが,作中で夜を歩くシーンはない。なぜこの二作品からかと言うと,読んできた作品のなかだと,この二作品のモチーフが風浦可符香や少女達にいっとう合っているような気がしたからだ。たぶんこの流れには,「さよなら絶望先生」の主題歌を担当した大槻ケンヂという人物の存在もある。それから「何んでもない」と「夜を歩く」の間の読点は本来つけるつもりはなかったのだが,公開されたものにはいつのまにかついていた。だから,ほんとうのタイトルは「何んでもない夜を歩く」のはずだったけれど,ぼくは読点で新しく生まれるリズムというものが変に好きで,しかも存外気に入ってしまったのでそのままにしている。いずれにしても夜歩くシーンはないが,そんなシーンをプロットや書きながら考えていたこともあって,悪くはないんじゃないかなと思っている。

 

  

 と,結局あまり作品自体には触れず,何を書こうとしたのかがなんだかよくわからない話になってしまった。まったく構成について考えずに書きなぐってしまったことをいまは後悔している。文章校正も,なるべく考えたままを書きたかったためにあまり添削しないつもりだ。ちょっと前に小説をどう書いているかみたいな話を見たけれど,ぼくは書くときたいていは映像を参照しない。適当な文字を書きなぐり,よさげな文章だと続く文字を重ね,ある程度たまった文字を参照して,のループ。ボトムアップでしか物事を綴れないということかもしれない。そういうわけで読み返してイメージが面倒くさいことが多々あるし,今回の小説においても,技術面で課題が残った部分がそこだ。あまりこういうことは言いたくないけど,完成した作品を読むと,プロットは崩壊し,段落ごとの繋がりも薄く,会話にいたっては中学生の英語の課題みたいになっていると思う。これからもっと考えて書かなきゃなあと思いながらも,公開したものにはなんか手を付けたくない。この記事もそうなることだろう。記事公開のボタンを,ぼくが押すことが出来たらの話だが。

 

  

 こう何の気なしに筆を執るとだらだら書き連ねてしまうもので,それは大抵意味のないものとなってしまうけれど,日常で書くことが楽しいと思えるのはこういう瞬間なのだ。何から始めればいいかもわからないのに書き始め,終わりどころがわからないけれど,楽しいからという単純な理由で書き続ける。そうやってぼくはどこまでも堕落していくと思う。このブログがいつまで続くかは気分次第としかいえないものの,こういう行為が好きなうちは続けられればいいなと思う。

 

  

 とまあ,あることないこと書きすぎた気がする。まだまだ書き続けていたいけど,これ以上書くと余計わけわからんので,ひとまずここで筆を置くことにしよう。そういえばこのブログの初記事のくせに自己紹介らしいことしてないけど,この文章はぼくこと小物貴という変な名前の人が書いていて,その人物は上のようなことをいつも漠然と曖昧にもやもやしながら考えている人だ,ということをわかっていただけたなら,今後そんな文章を書かずに済んで楽なので,そういうことでよろしくお願いしますということにしたいと思う。いつかは自己紹介を小説でできるようになりたいと願っている。

 

  

 それでは,また。